政治資金がらみの大きなスキャンダルが出てきているのに、報道は意外と静かだなという印象を受けています。というか逆のほうにうるさくなっているのかもしれません。問題は東京地検特捜部というプロ集団の手に移っているわけですから、いつものように外野の騒ぎは見苦しいだけです。ただ一つ引っかかるのは、ミンス・マスゴミ連合が「国策捜査」だと非難する言い方です。
経済は読めないけど漢字は読める(らしい)経済「アナリスト」が、首相が捜査を止めさせなかったのがいけないというトンデモ発言をして、ネットでは失笑を買っていますが、こんなヤツを露出させ続けるのがマスゴミのマスゴミらしいところだから、これについては今さら何かを言おうという気にもなりません。また、麻生政権が検察当局に捜査を命令したかのように言うのは、日本の政治体制を中共や北鮮金王朝と同様のものにおとしめるものだという批判があって、これには僕もまったく同感です。
引っかかったのは、国策捜査という表現でした。これは、政権の都合で敵対勢力を司直にかけようとするというニュアンスで使われているのでしょうが、そういう言葉自体、それを使って非難している人たちがいかに日本という国のことを考えていないかを露呈しているように思います。つまり「国策」という言葉を悪い意味にとることが前提となっているのだと思うのです。日本の政治家は日本のためになる政策を推進してほしいと思うし、そういう政策こそが国策だと思うのですが、国策捜査という言葉を使う人は、国策は日本という国のための政策ではなく、政権についている人のための策だと思っているのでしょう。そんな考えの人に政権についてもらいたいとは思いません。
マスメディアは、政策については報道せず、政局だけを報道するということは、これまでも批判してきましたが、それを視聴者が求めていると考えているのだとしたら、大きな間違いです。マスゴミには、そんな思い違いをしている池沼が数十%、分かっていて視聴者・購読者を迷わそうとしている悪党が数十%いるのだろうと想像しています。そんな嫌気をさすような状況の中でも、麻生首相のマスゴミあしらいは、とても好きです。小沢民(主党代表)の秘書逮捕が政局にどんな影響を及ぼすかなどという愚問をした記者がいたらしいですが、麻生さんは、政府は景気対策に取り組んでいるので、それがすべてだというような答え方をしました。首相の考えは、政策が第一で政局なんかどうでもいいということであることが如実に現われています。こんな愚問を発した記者は恥じて豆腐の角に頭をぶつけて(古い表現ですね)死んでもいいでしょう。
麻生政権の政策としては、いろいろなことを着々と進めてきているのですが、われわれ庶民にとっては定額給付金が身近です。自治体給付の全国一番乗りを達成した村の喜びぶりも報道されています。この政策に対するマスゴミのネガティブ・キャンペーンのひどさも目を覆うものでした。単純に景気を刺激する効果を狙っているだけで、何で反対するのか理解できないのですが、世論調査の結果の報道が、誰も指摘していないみたいなのですが、納得のいかないものでした。設問が、定額給付金を評価しますかというものであるのに、評価しないという答の割合を、反対者の割合として報道していたのです。
評価しない=反対すると考える人は、よほど頭の混乱した人でしょう。反対するということは、そんなのやめろという意見だと思います。しかし評価しないからと言って、やめろとまで思う人がどれくらいいるでしょうか。支給されたらもらうと答える人が圧倒的に多かったことからも、そのことは疑わしいと言えます。自分も定額給付金を評価せず、評価されていないことは反対されていることだと考えた人たちは、給付金をもらうべきではないでしょう。もらう権利がないとは言いません。誰でももらえる国民の権利ですから。だけど、自分は評価していなかっただけで、反対していたわけではないと考えているのでなければ、もらうことは自己矛盾にほかなりません。
そんな連中の言うことはいつも同じで、自分の矛盾には気づかずに、批判しようと思う相手をおとしめることしか念頭にないのです。そいつらが池沼であるか、悪党であるかはさておき、言論にたずさわるに相応しくない人間であることは確かでしょう。そんな奴らの言うことを真に受ける国民をいかに目覚めさせるかが、日本の将来を左右すると言っても過言ではありません。そのためにも、定額給付金やその他の政策が効果を発揮することを期待しています。
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by yy10000
日本語と論理(2)